カウパー旅行記

第一、短小国(ミニチンポ)

1 大勃起

 私はいろいろ不思議な国を旅行して、さまざまの珍しえっちな習慣を見てきた者です。もちろん、人のセックスを覗き見することほどこの世に面白いことなどありはしません。人のセックスを笑うなと申せども、セックスを見られていることに気づかなければ、セックスを笑うなと異議の申し立てをすることもできはしないのです。おっと、申し遅れました、名前はトビデル・カウパーと申します。
 まだおちんちんがぷにぷにの包茎の子供のときから風俗輸出船、といってもこれは風俗嬢あを海外に運ぶ奴隷船のようなものではなく、風俗情報載ったエロ本とかを海外に輸出する立派な交易のための船であります。それに乗ってえっちな文化が盛んであり、たとえばオヘンロ・ダジョではお遍路にでた尼さんの、僧職なれどもえっちな雌の体は捨て去ることができないのでありまして、そのえっちな肢体を壁画に刻み込んだフェチ地蔵があると聞き及んだものですから、もうおちんちんがふっくらしてきてしまって、それはもう……。そういうわけで、日本とは違ういろいろ様々えっちな風習がある外国へのあこがれは頭で理解している分とおちんちんが惹かれているぶんの、いうなれば人二倍の欲があったわけです。そういうえっちな憧れ故に海外へはいつもいつも行ってみたいと思っていたので、シ航海(船揺れにも負けず強い気持ちでオナニーする技術。これがないと遠洋の気圧の乱れできんたま吹き飛んでだいたいしぬ。)や、アーユルヴェーダなどをひもといてえっちなM性感技術などを体得いたししました。 一九一九年の八一〇月、私は『キモティカ号』に乗って新日暮里の港から出帆しました。船がニルヴァーナに向かい完全なる魂の平穏に至るさなか、あまりに風俗狂いがあつまりザーメンのポテンシャルがたかまったことにより場のエントロピーが飽和して次元ごと海が崩壊しだし、風俗狂いたちは大そう射精していました。なにしろ次元の崩壊で現れたのは真空ですから、宇宙法則がバキュームフェラしかけてきているようなものです。これで射精しない風俗狂いは、風俗狂いと呼べないでありましょう。

やて、八五八五月八九三日のことです。ひどい動画の中を風俗交易船は前へ前へgoing my way、明日へ向かって進んでいました。そのザーメン蒸気(風俗狂いの中で放出されずに溜まったザーメンはきんたまの中で巡回・粒子が加速され、一日もすれば射精の威力は114514海里四方の海を蒸発させる凶悪なものとなる。だから風俗狂いたちは定期的に射精しないと世界の存亡にかかわるのである)のために、大きなディルドが、すぐパイパニック号の前にヌッ! とあらわれれてくるまで、だれも気がつかなかったのです。ゲスゥイ!

千野志麻の愛したオナホ

鞭で打たれて即死の重傷となり、きんたまだけで稼働していた荒川くんの度重なる検証の結果、伊勢志摩ではオナホールをまるで舟盛りのように華やか見盛りつけて飾っていたことを明らかにしました。瀬戸黒TENGAと片栗粉Xとを一緒に焼いていることもわかりました。ゲスいKYNはジゴクめいた炎で悪辣なるニンジャソウルと一緒に焼かれていたのです。アツゥイ…スイマッセヘエエエエン! それからまた千野志麻だけが特別に駐車場で焼かれたものではなく、水戸黄門その他のもろもろも時代の遺物も一緒に焼かれたことなど、荒川くんの最後の命の輝きでこれまたわかりました。
 もう一つ考えさせられたことは千野志麻の運転技術は傍目に見ても立派だった。古来風俗狂いの珍重する風俗テェンポ直行直帰速攻ヌキヌキトロトロプレイ、つまり一分一秒でも早く風俗店に至り射精するという芸術的行為のための根源をなしておるということです。
 さて、伊勢志摩におけるオナホの発掘はその方法に於てヌキ田精一君たちからおシコ言(小言の風俗訛り。ちなみに言葉には言霊があり、風俗狂いたちは放つ言葉の一言一言、放つ精子の一つ一つに全く油断がない。ザーメンの群体生命である風俗狂いはザーメン一匹一匹に暗示をかけることにより形状変化したり、戦闘力を数倍にはねあげたりする。「ヌクンダ!」というマントラを唱え始めたら気をつけよう。)を頂戴したのでありますが、千野志麻の破片を発掘したおかげで平安時代以降連綿とおこなわれてきたニンジャによる支配もはっきりいたしまして、我々モータルの風俗狂いがかの支配体制に一矢ムックリ(一矢報いるの風俗訛り。もちろんホラホラ強気になって攻めてくる野獣の油断したアナルに好きをみていっぱつちんちんぶちこむことである。)することができたのである。それからもう一つ、発掘ではオナホを年代順に区別できません。下に埋まっているオナホは古いものであれば石油化しているものもあり、上の片栗粉Xは野生化した風俗狂いに掘り起こされて使われたりして、なにがなんだかよくわかりません。みんなちがって、みんないい。そういって風俗嬢に良し悪しなどなく、悪しきプレイも良きプレイも全て己の魂が導くことなのだ、と素晴らしい教訓をのこしてくれた金子みすゞも、片栗粉Xを作って子供にふるまったと聞いています。
その千野志麻はいつのころか瀬戸を追われてしこたま荒川くんに鞭でうたれて滅びて廃人のザーメンだまりとなった。

ずりせん セックスのあけくれ

手加減して射精してもらっていたというが、姫さまが本当にプロ風俗嬢並のテクニックを持っていたというのはあり得る事だ。大奥では女の子同士で互いにえっち技術を高め合ったってきいたしそういう妄想で何回もヌいたことある。僕のザーメンはうそじゃない、大奥の女の子同士のえっちは存在したのだ。
僕たちだってお姉さん先輩(きれいだし、眼鏡。最高ですね)にさんざん自分たちの仕事を罵倒(ばとう)せられて「びしっとしなさい! そんなんじゃちんぽだってろくにびしっとしないんじゃないの」とか言われたりしてそのままパンツぬがされて抜かれまくって先輩の高い性欲にホラホラ参ってしまっても、その先輩と別れた後で、
「あの先輩もこのごろはなかなかヌけるじゃないか。もう『あんなにつんつんしくさって、処女じゃね?』とかうわさされることもないようだ。」
「ヌホホホ。」
 などという実にやらしい猥談を交した夜もないわけではあるまい。それはあり得る事なのである。家来というものはその人柄に於いてかならずお姫様よりも劣っているものである。女の子こそこの世のヒエラルキーの頂点、イデアであり上部構造であり一にしてすべてなのである。というかそもそも男なんぞ全員きんたまつぶれてしにさらせばいいのである。あの不忍池の猥談も、家来たちのひねくれた(ちなみに日本人のちんちんはだいたい左曲がりだ。マジで)オナニー心を満足させるためのやらしいヌけ惜しみに過ぎなかったのではあるまいか。とするとびつくり仰天とするのだ。姫様は家来どもの男心ときんたまをわしづかみにしながらほんとうの愛を追い求めて狂ったのだ。姫様は実際セックスの名人だったのだ。家来たちは決してわざと射精していたのではなかった。事実ちんぽが辛抱たまらんかったのだ。それならば姫様が勝ち家来がきんたま絞り尽くされるというのは当然の事で、後でホラホラとした問題ごとの起るべき筈(はず)は無いのであるが、やっぱりえっちな大きい惨事が起ってしまった。姫様はセックス疲れからか不幸にも黒塗りの高級ベンツに追突。後輩をかばいすべての責任を負ったお父さん(姫様のお父さんだからお殿様だね)に対し車の主暴力団員TNOKに言い渡された示談の条件とは…。

姫様が御自分の体とヌキの腕前に確固不動の自信を持っていたならばなんの異変も起らずTNOKが射殺されることもなく、すべてが平和でみんな穴兄弟としてなかよくやっていく方法もあったのかも知れぬが、古来天才というものは自分の真価を知ること甚(はなは)だうといものだそうである。セックスのうまさとくれば話はまた一段と複雑なものになるのだ。